【国内旅行物語】美食篇 ジャージャー麵に癒された哀愁の夜
東京の夜はどこか冷たい。人の波に押されるように歩く太田は、立ち止まる勇気すら奪われるような都会の喧騒をただ進むしかなかった。彼は40代のサラリーマン。システム開発会社の営業職に就いて15年目を迎えたが、近頃は年齢の壁と若手の台頭に焦燥感を覚える日々だった。
今日もプレゼンは空回り。自分が思うほどクライアントに響かない提案に、会議室を後にするときの重苦しい沈黙が耳に残る。会社に戻る気にもなれず、汐留の高層ビル群を見上げながら、太田はふとため息をついた。
「俺、何やってるんだろうな……」
ポケットに手を突っ込み、家で待つ愛猫・福ちゃんの顔を思い浮かべる。帰宅すれば玄関先で「お腹が空いた」と鳴きながら擦り寄ってくる姿が目に浮かぶが、今はどうしてもその気力が湧かない。
そんなとき、ふと視界に飛び込んできたのが「麺 銀座卯ノ月」という看板だった。黒地に白い文字が灯るその看板は、周囲の煌びやかなネオンと対照的に、どこか落ち着いた雰囲気を漂わせている。「ジャージャー麺専門店」と書かれた文字に心惹かれた太田は、気がつけば暖簾をくぐっていた。
店内は意外と静かで、カウンター越しに料理人の真剣な姿が見える。木目調の温かみある内装は、疲れた心をそっと包み込んでくれるようだった。
「いらっしゃいませ、おひとり様ですか?」
店員の柔らかな声に促され、カウンター席に座った太田は、目の前のメニューに目をやる。
「辛さは1から10まで選べます」と書かれている。今日は何となく刺激が欲しい気分だった。
「辛さは5でお願いします。それと、生ビールを一杯。」
ビールが運ばれてくる間、太田は隣の席の客と店員との軽快な会話に耳を傾けた。この店は、仕事帰りのサラリーマンやOLにとって、日常の疲れを癒す特別な場所のようだ。
ほどなくして目の前に現れたジャージャー麺は、見た目からして美味しそうだった。艶やかな味噌だれがもちもちとした特注中華麺に絡みつき、香ばしい香りが鼻をくすぐる。太田は箸を取り、勢いよく麺をすすった。
「……これ、うまい。」
自家製味噌の濃厚なコクと絶妙な辛さが口の中に広がる。その味は、太田の疲れ切った心をじんわりと癒していくようだった。一緒に提供されたバケットを使って、残った味噌だれを最後の一滴まで堪能した頃には、すっかり満足感に包まれていた。
「もう一杯飲みたくなりますね。」
「ありがとうございます。ジャージャー麺はお酒とも相性抜群なんですよ。」
店員の笑顔に、太田は少しだけ救われた気持ちになった。
帰り道、太田は心の中で「また頑張ろう」と小さく呟いた。家に帰れば福ちゃんが待っている。愛猫に自慢できる話ではないが、「今日は美味しいジャージャー麺を食べたんだよ」と語りかける姿が目に浮かぶ、汐留の夜空に輝く高層ビルを見上げながら、太田は自分の歩みを取り戻していた!